今日はなに読む?

子どもと読んだ絵本のこと。たまに私の趣味で読んだ本。

ももいろのきりん

ももいろのきりん
中川 季枝子/さく
中川 宗弥 /え
福音館書店 1300円+税



冒険しなさそうな物語を探していて、この本を手にとる。
結果として、この本は冒険していた。



どうも息子は冒険する物語はあまり好きではないようなのだ。
ハラハラドキドキなどしたくないらしい。


エルマーの冒険は、読みかけのままでぜんぜん進まない。
動物たちが悪いやつすぎて怖いのだそうだ。
竜が助け出される日はくるのだろうか。
私もハラハラドキドキするような映画は苦手なので、遺伝か。



さて、ももいろのきりんの話にもどる。


るるこちゃんという女の子が
おかあさんにもらった大きな桃色の紙を使って、
きりんを作るところからはじまる。


るるこちゃんはこのきりんに大満足で、大絶賛している。
名前はキリカ。
世界一強くて、
世界一早く走ることができる。
るるこちゃんが作った、
世界でいちばん素敵なきりん。
まだのりが乾いておらず、ふにゃふにゃのキリカが弱音を吐いている時も、るるこちゃんは励まし、大きなキリカを背負って物干しまで乾かしに行く。
そして乾くまでずっと、そばで見守っている。


自分の作ったものは1番いい、子供のころはいつもそう思っていたことを思い出した。
謎の自信に溢れていた、子供のころを。


キリカの世界一きれいな桃色がはげるという事件が起こるも、特に怖いものは現れず、順調に息子と物語を読み進めていく。


ところが。
現れたのは、オレンジぐま。
オレンジぐまというネーミングのかわいさに似合わず、なんか嫌なやつなのだ。
息子はドキドキはらはらする冒険もいやなのだけれど、嫌なやつ、意地悪な奴が出てくるのはもっといやなのだ。
(もう大体の物語が駄目な気がする。)



この本の絵は作者の旦那さんが描いているそうだ。
その絵がまた絶妙で、オレンジぐまの嫌な感じが出ているのに、とにかく可愛らしいくて、ニヤニヤしてしまう。


しかし息子は、そんなオレンジぐまの可愛さには気づかず、険しい顔をしている。
そして息子、ここで一旦本を閉じてしまう。



私は気になったので、こっそり続きを読んだ。
!!オレンジぐま〜!
オレンジぐまの再登場にふふっとなる。


るるこちゃんとキリカの最後に嬉しくなる。


やっぱり、最後まで読んで欲しいな、と思う。
おもしろいし、怖いだけではなくその後の展開を見てほしい。


さて、どうやって息子に勧めようかな、と考えながら、ちょっと目につくように本棚にさしておく。



るるこちゃんとキリカはいつまででも待っててくれるけれどね。
ついでにオレンジぐまも。




ぼく にげちゃうよ

ぼく逃げちゃうよ
マーガレット・ワイズ・ブラウン/作
クレメント・ハード/絵
岩田 みみ/訳
ほるぷ出版 1000円+税



息子がこの頃、私に注目して欲しい時にいう言葉。
「おかあさん、僕の方を見たらあかんで。
 気にしてもあかんで。」
そうすると私は手をとめて、「じー」と言いながら息子をじっと見る。
息子はけらけら笑いながら
「こっち見たらあかんでって言ってるやろ!」
と嬉しそうに言う。



さて今日のこの絵本。



題名のとおり、「ぼく逃げちゃうよ」と
子どものウサギがおかあさんウサギに言う。


子ウサギは空想の力を存分に使って、庭の花になったり、時にはヨットや鳥になったりして、海や山などの遥か遠いところにまで逃げちゃうよと宣言する。
(実際に逃げちゃうわけではない)


「そうしたらおかあさんは…」と
おかあさんウサギも庭師や木、ついには雲になったり、どんなところへでも子ウサギを追いかけて行って抱きしめるのだと言う。


ぜったいに追いかけてきてくれる。
それがたとえ空想のお話の中ででも、どんな時でも、どんな所へでも、親は自分を追いかけてきて見つけてくれる。
子どもにとってそれは大きな安心だ。
この安心がないと、子どもはこわくてどこへも行けないんじゃないだろうか。



自分の方を向いていて欲しいと言う気持ち、なんかわかる。
子どもの頃の気持ちを、思い出した。


著者はマーガレット・ワイズ・ブラウン。
おやすみなさいおつきさま」の著者。


そして絵も同じクレメント・ハード。


この絵本にも不思議な雰囲気のする暖かそうな部屋の絵がある。
暖炉の前で寝間着を着たウサギのお母さんが、膝の上にウサギの子供を載せ座っているページ。
この暖炉の部屋、見たことあるな…とそこで気づく。
おやすみなさいおつきさま」と同じ世界なのだと。


ウサギ達が雲や花になったり、幻想的な絵も素敵な一冊。


かんがえる子ども

かんがえる子ども

安野光雅 /作
福音館書店 1000円+税

安野光雅さんがお亡くなりになった。


ちょうど年末に「かんがえる子ども」を読んでいたので、つい先日お会いした人の突然の知らせを聞いたような気持ちだ。


近頃、教育について考える事が増えた。
そんな私に、子どもの学びに対して参考になる言葉がたくさんあった。
しかし、どの年代の子どもと関わる人にでも、なるほどと思う所が本書にはきっとある。


長く教師をし、そして子どもを楽しませる絵本を描いてこられた、ずっと、子どもを見てきた方だ。
子どもの力を信じている。
安野さんの発する言葉は、常に子どもの味方だ。
親というのはなぜか、子どもはとても大事で可愛いのに、その大事な子どもの脅威になってしまいそうになる。
親には定期的に、この本のような子どもの味方である人が書いた文章を取り入れる必要があると思う。
そして一歩引いて、子どもを見守るのだ。



以下、引用を交えての感想。

「勉強はインポータント(大切)ではなくインターレスト(おもしろい)なんだ」


これは安野光雅さんが、フランスで出会った留学生シュベックくんの言葉。
おもしろいかどうかは、本当に大事なこと。
つらい勉強に耐えて得るものもあるが、でも絶対におもしろい方が良いに決まっている。
おもしろいというだけで、勉強がHardモードからEasyモードに切り替わるだろうに。
このあたりが、もっとどうにかならないものだろうか。
途方もない事とは承知で、親としては考えてしまうのだ。

教わるのと、自分で見つけるのとの違いは、月とスッポンほどの違いです。
自分でものを見つけた喜びというのは、その子にとって、とても大きな喜びなのです。


とはいえ、親が悶々と考えても、やっぱりは子どもの学びは子どものもの。
子ども自身が、見つけるしかない。

子どもの「遊び」は「学び」

とも言っておられる。
親の出る幕はない。
親にできること、重要なことは、あれこれ口出し、介入しないことなのだろう。
子供のじっくり考えることの邪魔はせずにいたいものだ。


小さな、そんなに分厚くはないこの本。
考えることの他にも、疑ってみる事なども語られている。
子どもにかかわる、すべての人に向けたエッセイとあるが、
全ての大人に向けられた言葉、ととっても良いと思う。
皆、考えない大人になってきているだろうから。
私に至っては、夕飯の献立すら最近はろくに考えていない。
なんでもスマホに頼ることをやめなければ。
自分で考える事、まずは夕飯の献立くらいから初めてみよう。

『きみなんかだいきらいさ』くるくる変わる子供の心。

きみなんかだいきらいさ

ジャニス・メイ・ユードリー /作
モーリス・センダック /絵
小玉 知子 /訳
冨山房 600円+税



息子が2歳か3歳の頃、お友達と遊ぶと、まぁよく揉めた。


泣かし泣かされ、どちらもあった。
親はあたふたし、「すみません」「いえこちらこそ」ととりあえず謝りあう。


そうしていると、いつの間にか当の本人達は仲良く遊んでいる。


さっきの揉め事などなかったように。


一体なんなんだ。


後腐れが全くなさすぎて感心する。


よくわからないけれど、仲直りしたようだし、
まぁいいか、ということが日常だった。


子供ってほんと不思議だ。



この絵本はまさにそんなやりとりのお話。



ぼく、ことジョンはジェームズに対してとても怒っている。


クレヨンは一本も貸してくれないし、
おまけに砂まで投げてくるのだそうだ。


とても仲良しで、水ぼうそうまで仲良く一緒にかかったジェームズだけれど、
ジョンはもう我慢ならない。


だいきらいさ


家に行って、ジェームスにそう言う。


ぜっこうだ


言われたジェームスも黙っていない。
なかなか激しめの言葉が飛び交う。


さいならあ!
さいならあ!



ぷいと背中を向け合う二人だが、
その後どうなるかは...もうお分かりだろう。



小さな男の子たちの、身近で、リアルなやりとりだ。
ジョンとジェームズのやりとりを、私は息子を通して何度も見た。


「だいきらい」なんていうドッキリする言葉も、
子供の口から出ると何か微笑ましく感じてしまう。


今も昔も、全く変わっていない。
時代や環境がどんなに変わっても、子供たちは変わらないんだな。


もしかして私も子供の頃は、こんなやりとりをしていたのかもしれない。
残念ながら綺麗さっぱり、忘れてしまったが。


もう一つ、男の子は時代も国の垣根も超えて、やっぱり砂を投げつけるものいうこと。
そして、私を含めあらゆる時代、人種の男の子の母たちが「砂を投げない!」と叱り付けていたのだと思うと、人類の一体感を感じた 笑。



私に、男の子は砂を投げるものだと教えてくれた
作者のジャニス・メイ・ユードリー。


絵本はいつも思いがけないところで子育ての強張った気持ちを時ほどいてくれる。ほんと感謝。
我が子が特別に困った癖を持つというわけではないのだ。


作者は、調べてみると「木はいいなぁ」の著者であった。
この絵本も大好きな絵本で、息子と何度も読んだ。



絵はモーリス・センダック


ケンカするジャックとジェームズの表情の豊かさに頬が緩む。
そうそう、こんな風に自分の中の憎たらしさをいっぱいにかき集めて顔に集中させる。
そしてその顔を精一杯、相手に放つ。
顔でも、ケンカしているのだ。



このお二人が作った絵本がもう一冊あるそうだ。
また探してみようと思う。



『ふたりは ともだち アーノルド・ローベル』


ふたりはともだち
アーノルド・ローベル 作
三木 卓 訳
文化出版局 950円+税



1970年出版の超ロングセラーのこの絵本。
コールデコット賞という、世界三大絵本賞の一つを受賞している。



なんか見たことある、と思ったら、教科書にこの本の「おてがみ」というお話が載っているそうだ。



このシリーズにはとてもお世話になっている。
私も息子も大好きで、結局全部集めてしまった。

ふたりはともだち (ミセスこどもの本)

ふたりはいっしょ (ミセスこどもの本)

ふたりはいつも (ミセスこどもの本)

ふたりはきょうも (ミセスこどもの本)

の順番で4冊が出版されている。





そしてCDブックふたりはともだち CD付き英語絵本 [ アーノルド・ローベル ]を発見し、車内で朗読を聴いている。
英語と日本語を交互に読んでくれる。
英語はなくても良かったのだが、特に気にもならない。


息子は、気に入って聴いている。
むしろ気に入りすぎている。
私はといえば、少し飽きた。
それだけ聞いているのに、ちっとも英語は頭に残らない不思議 笑



その中で、ずっと気になっていたお話がひとつある。



“すいえい“というお話。


がまくんは自分の水着姿はおかしいから、他人に見られたくないという。
かえるくんは、がまくんの水着姿が誰にも見えないよう、協力してくれる。


しかし…


結局は最後、かえるくんもみんなと一緒になって、がまくんの水着姿を笑うのだった。


なんでなん、かえるくん 泣


初めてこの話を聞いた時、私は がまくんを思い、悲しくなった。
がまくんは、自分の水着姿はおかしいと、あんなにも気にしていたのに。


とはいえ、かえるくんは水着を着ないと言っていた。
それなのにおかしな格好と自覚しながら、わざわざ水着を着るがまくんもどうかと思うのだが…。


周りの誰も、水着なんて着ていないし。
(いるのはカメとトカゲ、とんぼ)



笑われないように協力してくれたのに、結局みんなと一緒になって笑う。


友情のお話としてどうなのだろう?


結末が謎すぎてググって調べてみたりもした。
この結末は一体どういうことなのか、この話を読んだ他の人はどう感じているのか、、。


ネット上に答えはなかった。



しかし、何度も聞いているうちに、ちょっとわかった(気がする)。



ふたりは真にともだちなのだった。


かえるくんは、がまくんが笑われないように、たくさん協力してくれた。


でも水から上がった がまくんが、面白い格好をしていればやっぱり笑ってしまうのだ。


友達を笑う。
しかも気にしていることを。
それは確かにひどい。


もしかしてその後もちょっと喧嘩していたかもしれない。


しかし、ずっと一緒にいれば、絶対に危うい出来事もある。


いいことばかりではないけれど、それでも二人は、いつもお互いを思いやっている。


そして、いつも一緒にいる。



私の初めの感想は、私の人への接し方の、今までの経験からくるものだ。

友達を笑ったりするなんてイヤな奴。
相手との関係が壊れてしまうかもしれない。
嫌われたくない。


大人になって、人とうまくやっていく事ばかり気をつけていたと気づく。



さて、ついに恐れていた皆んなに笑われるという事態。
かえるくんは

「だって みずぎすがたのきみは ほんとに おかしなかっこうなんだもの」


などと言って笑っている。
やっぱり、けっこうひどい 笑


この部分、英語訳での朗読は、本当におかしいという感じで笑いながら読んでいる。
しかし日本語訳には笑いはなく、冷静に事実を突きつけているような印象。
聞き取りやすさを考えて、笑わずに読むようにしたのかもしれない。




最後に、

「そうにきまってるじゃないか」
それから がまくんは じぶんのきものをもって いえにかえってしまいました。


そう言って水からあがり、帰るがまくんの姿に、悲しいとか怒っている様子はない。
むしろ、どこか堂々としているようにも見える。
その姿になぜか安心した。


それを笑顔で見送る、かえるくん。
この笑顔は、決してがまくんの水着姿がおかしくての笑顔ではない、はず。



きっと明日も、ふたりは一緒にいるのだろう。








↓通常版です。CDはついていません。

さてさて、きょうのおはなしは……


さてさて、きょうのおはなしは……
瀬田貞二 再話/訳
野美山響子 画
福音館書店 1100円+税





寝る前に絵本ではなく、お話だけ聞かせてあげたいと思い本を探していた時、見つけたのがこの本。
しかも瀬田貞二さん。間違いはない。即購入。




日本のむかしばなし18話と、世界のむかしばなしが10話収録されている。




むかしばなしなので、どのお話も5ページほどで終わり、読み聞かせにも抜群に適している。




「おだんごぱん」「3びきのやぎのがらがらどん」など、定番のお話も含まれていてお得感もある。






息子は「三びきのくま」「とりのみじいさん」がお気に入り。




「三びきのくま」を読むと、女の子に「きんきらこ」という名前がつけられていて、その名前が絶妙にツボにハマったらしく大ウケしている。
くま達がいろいろ怒っている所も面白くて仕方ないらしい。



おかしい…眠る前に静かにお話を聞かせ、そのまま穏やかに眠りにつくはずだったのに。
なぜか布団の中には、ゲラゲラ笑って目がパッチリ開いている息子がいた。
でもまぁ気に入ってくれたようで良かったのだが。






「とりのみじいさん」は、私もこの本で初めて知った。
働きものの爺さんは幸せになり、強欲な爺さんはろくな目に合わない、あのテンプレートな話だ。



日本のむかしばなしは、このバリエーション違いが多い。



鳥になった爺さんが不思議な歌を歌うのだけれど、
その歌が面白いらしい。
下に引用する。


あやちゅうちゅ こやちゅうちゅ
にしきさらさら ごようのまつ
こがねざらざら びびらびんちょん



働き者の爺さんの栄光を歌っているのだろうが、
息子はなんやこれーと言ってここでも大爆笑である。



なるほど、本の帯にあった通り、
“読んでも聞いても楽しい、瀬田貞二の昔話集“の言葉に偽りなし。




でも、ちっとも寝ない 笑。







他の話も読んでいて思うのは、
やはり、むかしばなしは現代人の感覚では話の内容が少しこわい。




理不尽であり、容赦なく残酷だと思う所もある。
読んでいて意味がわからないことも。
そして悪いのは一体どちらなのか、考えてしまう。




「三びきの子ぶた」を読んだ後、息子は「子ぶた、悪い奴やな」と言っていた。
「そうやな…」とぽつりぽつりと話をした。




現代的感覚ではそうなのだろう。




昔ならばきっと、
知恵を絞って敵に勝ち、生き延びた賢い子ぶた、なのだろうが。





言葉の面白さを楽しむことも、話の内容に立ち止まって思うことも、
子ども本人のもの。





就寝前の静かな読書は失敗したが、もっと大きな収穫が、あったように思う。












ちいさなうさこちゃん  ファーストブックに


ちいさなうさこちゃん
ディック・ブルーナ 文・絵 / 石井 桃子 訳
福音館書店 700円+税




息子の、はじめての絵本はこの本だった。
まだ首が据わったぐらいの時から読んでいる。


息子を膝に乗せて本を開く。


今思えば、息子には絵本が見えていたのかも怪しい。
まだぼんやりとしか、目は見えてなかったのかもしれない。


それでも、あの頃の私は早く自分の子どもと本が読みたくてしようがなかったのだった。


あのはっきりしたブルーナカラーは、きっと見えていたはずだ。
そういえば、本の方をじっと見ていたな。


きっと、うさこちゃんが息子を見ていたからだろう。
“常にこちらを向いている“ことはディック・ブルーナさんのこだわりなのだから。
見た事もない動物たちが優しくこちらを見ているのだ。



いつだったか、テレビで見たブルーナの特集番組。
あの黒い、少し震えた太い線を、ブルーナさんが細い筆で少しずつ少しずつ、とても時間をかけて描いていて驚いた事を覚えている。


シンプル=簡単にできる、という訳ではない。


そして、丹精を込めて作られた物は、やっぱり長く愛される。




その熱意は海を渡って、受け継がれていた。



この福音館書店の日本語版も、印刷でのブルーナカラーの再現に注力していたり、フォントを作成したり、たくさんのプロのこだわりの仕事が詰まっているのだそう。
うーん、すごいなぁ。
ちなみに装丁は祖父江慎さん。


うさこちゃん、という名前。
私はミッフィーちゃんという名前の方に子どもの頃から親しんでいたので、うさこちゃんという名前は、新鮮な響きがした。


“ふわふわ うさこちゃん“。
“ふわふわさん“に“ふわおくさん“。
可愛らしい。



石井桃子さんのセンス、素敵。
そう思っていたのだけれど、
原文での名前は“ナインチェプラウス“という。
オランダ語で“うさぎちゃん・ふわふわ“という意味。
ミッフィー“は英語の翻訳用の名前で、本場オランダでは“ナインチェ“と呼ばれていた。



石井桃子さんは、忠実に原文を翻訳していたのだった。


そして調べてみると、オランダ大使館に出向いて発音を聞き、音のリズムを調べたり、直訳してみたり、オランダ語の原文をとても大切にしていらっしゃった。



ここにもプロのこだわり。



改めて調べてみるとすごい絵本だった。



私には赤ちゃんだったころの息子との、
温かい思い出が詰まった一冊。



その一冊は、これから生まれてくる子どもはもちろん、すべての子どもへの祝福が込められた一冊であった。